中学校 ペストマスクはどうして?
人類は昔から様々な感染症とつき合ってきました。
紀元前6000年の西アジアには、すでにマラリアが流行した痕跡がみられていますし、紀元前1500年頃のエジプトで作られたミイラの顔には、天然痘の跡が残っていたそうです。その存在が発見される遙か前から、人類と細菌やウイルスはつき合ってきたのです。
1870年頃になってようやく顕微鏡が発明され、パスツールやコッホの研究によって、細菌はその姿をはっきりと人類の前に現します。
さらにウイルスに至っては、電子顕微鏡が発明される1935年頃まで待たなければなりませんでした。
つまり、細菌を見ることができるようになってからまだ150年、ウイルスを見ることができるようになってからは85年しか経っていないのです。紀元前からの付き合いに比べれば、まだまだ「最近のこと(だじゃれではありませんよ)」と言うわけです。
細菌やウイルスの存在がわからなかった頃、人類はどのように感染症とつき合ってきたのでしょうか。そんなことを、ペストを例に中学生と一緒に想像してみました。
参考資料 「細菌と人類」 ウイリー・ハンセン ジャン・フレネ著 中央公論新社
T:今日はちょっと変わった話をしたいと思います。今、新型コロナウイルス感染症に世界中が関心を寄せているので、ウイルスや細菌と人間の歴史の話をしたいと思います。
さて、この絵(教材①提示)を見てください。見たことありますか?
S:ありません。
S:ハロウィーンの仮装にこれあったよ。
S:ゲームのキャラクターと似ている。「ワンピース」の「カラス隊長」がこんなマスクつけてるよ。
S:今つけているカラスマスクにも似ている。
T:今、コロナ予防として売られている黒いカラスマスクとも少し似ているね。でもそのカラスマスクと言う言葉の意味する、「カラスみたいな口の尖ったマスク」は、この絵の時代からあったようですね。この絵は、1619年頃のフランスのお医者さんの絵です。日本は江戸時代初期。だから、そんな大昔の話ではないんですよ。この服装で、お医者さんはペストという病気の治療をしていました。予言で有名な「ノストラダムス」も、この格好をしてペストの治療をしたそうですよ。ペストという病気は、リンパ節が腫れ上がり、熱が出て、全身から出血して、血を吐いて1週間程度で死んでしまう病気です。その治療をする際の服装ですが、それぞれ目的があってこんな服装をしたのだそうです。どんな目的があったのでしょうか。例えば、この全身をつつむマントは、どうだろうか。
S:病気になった人の血がつかないようにしたんだと思います。
T:血を吐いて死ぬんだものね。その血が飛び散らないようにした。どうですか?
S:そうだと思う。
S:他にも、病人に触らないようにしたのかも。
S:だ液とかもあるし。そもそも病人に触れても大丈夫なようにしたと思います。
T:その通りです。病人を治療するのだから、直接触れないように、あるいは病人から何かがお医者さんにくっつかないように、こんなマントを着たのだそうです。ということは、当時の人たちは、患者に触れると病気がうつる、と考えていたことになりますね。では、この杖はどうだろう。同じように考えると、杖を持つ目的はどうなりますか?
S:病人に触らないようにする。
S:杖で病人をつつく。
S:え~っ、それひどい。
S:でも触ったらうつるって考えていたら、そうしない?
S:う~ん。
T:病気で苦しんでいる人を杖でつつくなんて、今考えるとかなり残酷に感じるけれど、ペストは別名「黒死病」と言われるほど、致死率が高かったんです。一度病人が出たら、あっというまに病人が増えていくわけで、それを治療するお医者さんも、それだけ大変だったということですよね。実際に、この服装をしていてもお医者さんは次々と死んでいったんだそうです。だから、この杖を使って診察したり、周囲の人に指示したりしたそうです。では、最後。この問題の鳥の嘴のようなマスクはどうなんでしょう。ちなみにこのマスクの中には、ミントなどの香料や薔薇の花びらなどを詰めていたそうですよ。
S:う~ん、難しいな。なんで鳥なんだろう。
S:鳥が病気を持って行ってくれると思っていた、空を飛んで!
T:おお、近い!
S:鳥に病気をくっつけた、とか、鳥が病気を食べてくれる、とか・・・。
S:魔除け。香料は魔を払ってくれる。
T:おっ、来たぞ来たぞ。
S:ミルミル先生、なんだよ「来たぞ来たぞ。」って・・・。
S:(笑い)
T:みなさん、想像力たくましくて、正解に近いですよ。ペストは鳥から感染する、と当時の人は考えていたのです。だから、感染した病気を鳥に返そうとして、鳥の嘴のようなマスクをしたのだそうです。また、病気は悪い空気で広がる、今の言葉で言えばエアロゾル感染する、と思っていたので、嘴の先に空気を浄化する目的で香料や薔薇を入れたのです。
S:実際にはペストは何で感染するんですか?
T:ペストは、ペスト菌という細菌を持っているネズミをノミが刺して、そのノミに人間が刺されることでうつります。
S:じゃあ、鳥も空気も関係ないんだ。
T:そういうことになるね。
S:なんだ、無駄なことをしたんだ。
T:そう。なぜこんな無駄をしたかというと、当時は細菌やウイルスは発見されていなかったので、病気に対する正確な知識がなかったんです。だから、空気で感染するとか、鳥から感染するとか、さらにこの鳥のマスクの目は、赤い覆いが被せてあったそうで、視線を合わせると感染すると思われていたんです。でも、実際はネズミを刺したノミが原因で、人から人に感染することはなかったんです。わからないなりに、人間は今までも必死に感染症に対処してきたんですね。日本で言えば江戸末期の1870年になって細菌が、昭和10年、つまり1935年にウイルスが発見されて初めて人間はその姿を見ることができるようになりました。これは倍率の高い顕微鏡や電子顕微鏡が発明されたからなんです。そんなに昔ではないよね。だから、細菌やウイルスについては、今も新しい発見が次々と公表されています。こんな服装をしていた時代と比べると、今は原因や予防方法、治療法などが、全てではありませんが科学的に解明されている点もありますよね。それでも、まだまだわからないことはたくさんあるし、もしかするとみなさんの中から、将来細菌やウイルスを研究する人が現れるかもしれないよね。でも、このペストのお医者さんの姿を見ると、科学的に考えて、根拠を持った情報をもとに対処するというのは、本当に大切なことなんだな、と私は痛感するんですが、みなさんはどう感じますか?
最後に1つ、面白い話を。「ロミオとジュリエット」というシェークスピアの戯曲を知っていますよね。「薬を飲んで死んだふりをするからよろしく」とジュリエットが出した手紙がロミオに届かなかったためにジュリエットが死んだと思い込んだロミオが死んで、目を覚ましたジュリエットも後を追って死ぬんですが、その手紙が届かなかった理由は「ペストが流行していて、手紙が届かなかったんだ」とシェークスピアが言っていたそうですよ。
S:え~っ、ほんとに?
T:では、これで終わりです。
教材の作り方
教材① ペストマスクの画像は、インターネットからとりました。