被害を少しでも減らすために 2

2024年2月29日

前回に続き、チェック項目。

「Ⅱ、ソフト面のチェック項目
1,教育計画書に学校防災マニュアルがあり、津波への対応が書かれているか。
2,津波を想定した避難の指導・訓練が行われているか。
3,登下校中に津波が発生したときの対応は行われているか。
4,子どもたちに津波に関する防災意識を育てる教育(授業や学活指導等)を実施しているか。
5,職員会議やPTAの会合で、津波を含む防災に関する協議を行っているか。
6,震災発生時の情報収集の仕方は誰がどのように行い、どう共有するか決めているか。

Ⅲ、学校と家庭・地域との連携面のチェック項目
1,震災時における保護者との連絡体制や引き渡しのルールが明確になっているか。
2,津波防災に関して家庭(保護者)との情報交流をどの程度行っているか。
3,子どもたちが家庭にいたときに津波が発生した場合の働きかけを保護者に行っているか。
4,学区内では学校を含む地域ぐるみ(地域組織・行政等)で防災活動はなされているか。
5,行政による学区内にある津波時の避難場所や危機情報等の条件整備・情報提供をどう思うか。
6,教育行政は教員を対象にした津波に関する防災研修を行っているか。    」

(以上「子どもの命と向き合う学校防災」(数見隆生著 かもがわ出版)、「学校防災のためのチェックリストとそれに基づく検討」より抜粋)

学校は災害時の避難場所に指定されていることが多いのですが、その指定はあくまで自治体の決定であり、学校が進んで引き受けたものではない、というのが現状です。そのため、学校が避難所として機能するかどうかの検討が十分とは言えず、3,11の時は避難所なのにもかかわらず、学校に津波が押し寄せてきた、という事例がかなりみられました。

津波が押し寄せれば1階に備蓄してあった災害対策用品は、あっという間に流されてしまいます。
そもそも備蓄品が十分あるかどうかも大きな問題になるでしょう。

今回の能登半島地震も同様でしたが、3,11の時も地震発生と同時に電気の供給が止まり、正確な情報を得られないケースもありました。携帯もつながらず、機転を利かせた先生がカーラジオではじめて津波の情報を把握した、という学校もありました。

また、3,11の時は、地震後に迎えに来た保護者に引き渡したことで亡くなってしまった子どもが100人近くいます。一方で、迎えに来た保護者に子どもを引き渡さず、親共々高台に逃れ、全員助かった学校もあります。

そもそも岩手県では、過去の地震や津波の経験から「津波てんでんこ」という教訓が言い伝えられています。津波が来たときは、それぞれが高台に逃げるように、という教訓です。

「釜石の奇跡」と取り上げられた宮城県釜石地区の小中学生が、互いに声を掛け合って一斉に避難する姿は、テレビ等でも取り上げられましたが、同様に釜石地区では自宅に1人でいた小学校1年生まで、真っ先に一人で高台に逃げていったそうです。
この小学校1年生は、事前に学校で教わっていた地震や津波の際の避難方法を思い出して行動したのです。

 


今回の能登半島地震に関する報道で、地震や津波に対する不安を抱いている子どもたちはたくさんいると思います。
「恐怖心をあおるから津波や地震の話はしない」では、救える命も救えません。
子どもたちが不安を抱いているからこそ、「そんな時はこうするといいよ」「こうすれば安全だよ」という情報をきちんと与えるべきだと思うのです。

繰り返しますが、「明日は我が身」です。過去の地震や津波の教訓を活かすことこそが、苦しい思い、悲しい思いをした多くの被災者の方の思いに答えることになるのではないでしょうか。

能登半島地震の被災者の皆さん、養護教員の皆さん、少しずつですが光は見えつつあります。
その光に向かって、歩いて行きましょう。