「わくわく保健指導 1年間」を使って
この本には、学期毎に26の保健指導と、授業参観用の4つの指導が紹介されています。しかも指導者と子どもたちの会話形式で書かれているので、具体的な指導の方法がとてもわかりやすくなっています。指導のきっかけとなる子どもたちの実態も書かれているので、それを参考にして、何を指導すればいいのかを決めることができます。
もちろん、本の通りに使うことも可能ですが、10分で終了するのはちょっと無理な場合もあるようです。時間があるときは本を参考にし、時間がないときはポイントだけを使う、という方法をとるといいでしょう。また、手作りの教材を付け足して行えば、よりわかりやすく短時間でも十分な効果を得ることができます。
実際にポケット小中学校で指導した、10分程度で実施できる指導をこれからいくつか紹介します。どの学年で実施するのがいいかは、皆さんの目の前の子どもたちの実態に合わせて決めて下さい。
「第Ⅰ章 1,心臓はきょうも元気だ」
今保健室にある体重計はほとんどがデジタルですが、もし天秤型の体重計が残っているようであれば、ぜひ子どもたちと一緒にわいわい言いながら、どうやったら体重計の針が止まるか、やってみてください。子どもたちは実に様々な「針を止める方法」を考え出してくれます。
本では、体重計の針が心臓の鼓動を反映しているところで終わっていますが、私はもう少し心臓の話をします。
ミルミル:みんな、グーを作ってみて。
子ども:(グーを作る)
ミルミル:それがみんなの心臓の大きさです。
心臓は胸の真ん中からちょっと左にずれたことろにあるんだよ。
子ども:こんなに小さいの?
子ども:これで体重計が動くんですか?
子ども:え~っ、ウソみたい!
ミルミル:そうだね。でもこんな小さな心臓が、体重計を動かしているんだよ。
それだけ心臓の動きはパワーがあるって事だよね。
どのくらいのパワーかというと、みんなの首のところに太い血管が通っているんですが、
もしこれが切れてしまうと、血が2メートルくらい吹き飛ぶそうなんだよ。
2メートルってこれくらいです。(2メートルの紙テープを伸ばしてみせる)
子ども:長い!
子ども:すげえ!
子ども:刀で切ったらそうなるの?
子ども:わたし、テレビで見たことある。びゅって飛んでたよ。
子ども:やだっ、気持ち悪い。
子ども:(何人かは思わず首に手を当てる)
子ども:でも、切られても血が出ないドラマもあるよね。
出ないときもあるってこと?
子ども:そんな訳ないよ。テレビだからだよ。
実際に切ったら出るんだよ。
ミルミル:そうだね、テレビはあくまで創作だからね。
実際とは違う表現はたくさんあります。
でももし実際にけがしたら大変なことになりますよ。
それだけ心臓はすごい勢いで血液を押し出しているんです。
子ども:そうか、だから生きていられるんだ。
子ども:心臓ってすごいね。
「第Ⅰ章 11,もしも汗が出なくなったら・・・」
この指導は、保健室での養護教員と子どもの会話として書かれていますが、そのままショート指導として学級単位での指導に使えます。
本の導入は「どうして汗なんか出るんだ」という子どもの疑問になっています。でも養護教員に都合よく子どもが疑問を持ってくれるわけではないので、導入を次のような形にしてみました。
ミルミル:では今日は算数の勉強です。
子ども:え~っ!
子ども:からだの勉強じゃないの?
ミルミル:残念。では問題を言いますよ。
私たちのからだは汗を1リットルかくと体温を12度下げることができるそうです。
暑い夏は、平均2.5リットルの汗をかくそうですが、
その汗で体温を何度下げているでしょうか。
子ども:え~。(と言いつつ、必死に頭の中で計算している)
子ども:わかった。30度!
ミルミル:30度。いいですか?
子ども:いいよ。正解。
ミルミル:もともと体温は36度あるよね。2.5リットルの汗で体温を下げているとしたら、
もし汗が出なかったら、体温は36+30で、66度まで上がる可能性がある、
ということになります。では、体温計は何度まで計れるんだろう。
この後は本の通り、体温計が42度までしか目盛りがない(デジタルも同じで、42度までしか表示しません)こと、それをこえてしまうと脳が壊死してしまうことなどを、会話を通して子どもたちの経験や既成概念と結びつけていきます。汗の役割は熱中症に結びつけて考えさせることもできるので、暑い夏には重要な指導です。
「第Ⅱ章 2,からだの中の“トウフ”のはなし」
この指導は、身近にあるものを使って脳の模型を簡単に作ることができる、見てわかりやすい指導になっていて、子どもたちにはとても好評です。「くも膜下出血」などの用語を、家族や親戚の病名として聞いたことがあるという経験がある子もたくさんいますから、そういった病気の理解にも繋がります。
また、小学校高学年以上で実施すると、膜や水に何重にも守られている脳の様子から、胎児の様子を連想する子どももいて、さらに思いが広がっていくようでした。
ポケット小学校の子どもたちは、ほとんどが「人間の命を左右するのは心臓だ」と思っていたので、この指導で脳の果たす役割を初めて知ります。「だから自転車に乗る時にヘルメットかぶるんだ」「先生が、冬に手をポケットに入れて歩くと危ないって言った意味がわかった」など、実生活に結びつく指導にもなっていきます。ちなみにポケット小中学校は、雪国にあります。
「第Ⅱ章 3,魚を見直して給食を楽しく」
この指導には、自作教材を作りました。
必要なもの
①理科室にある200ミリリットルのメスシリンダー 2本
②粉ゼラチン 1袋
③円柱形のマグネット 赤、白、黄色、多数
④水
⑤大きめのビーカー、手を拭くタオル
作り方
①粉ゼラチン1袋で、ゼラチンを作ります。
(前日にやっておくと便利)
②メスシリンダー1本には④の水を入れます。
③もう1本のメスシリンダーには、砕いたゼラチンと水を
適宜入れ、③のマグネットの落下スピードが遅くなるよう
に分量を調節します。ゼラチンをたくさん入れると落下スピードは遅くなりますが、
入れすぎると詰まってしまうので、そこは何度か試しながら決めましょう。
さてこの2本のメスシリンダーは何かというと、いうまでもなく「血管」です。赤と白のマグネットは赤血球と白血球、黄色は血小板です。子どもたちの実態によっては、赤と白の2種類だけでもいいでしょう。もちろん、ゼラチン入りの血管は、水だけの血管より流れが悪くなるので、ゼラチンが血液中の豚や牛の脂肪分、ということになります。
ミルミル:昨日、我が家では友人を招いて、バーベキューパーティーしたんです。
久しぶりに豚肉や牛肉をたくさん食べておいしかったなあ。
担任のサトウ先生は、夕べご飯のおかずは何でしたか?
担 任:いいな、バーベキューパーティー。
わたしは夕べサンマの塩焼きでした。
(もちろんこれは事前に打ち合わせをしてあります)
ミルミル:では(2本のメスシリンダーを出して)こちら(水だけ)が担任のサトウ先生の血管、
こちら(水とゼラチン)が私の血管ですね。
担 任:え、何か違うんですか?同じように見えるけど・・・。
子ども:こっち(水とゼラチン)が、なんだか違うよ。
子ども:え、どれどれ?同じに見えるけどな・・・。
ミルミル:同じかな?違うかな?では、みててくださいね。
担任のサトウ先生の血管の中はこんなふうに(磁石を4,5個落とす)
赤血球や白血球が流れていますね。
では、ミルミル先生の血管は(磁石を2,3個落とす)どう?
子ども:あれ?なんか違う。
子ども:ゆっくりしか落ちていかないよ。
子ども:途中でくっついちゃった!
ミルミル:(子どもたちの様子を見ながら、
それぞれのメスシリンダーに繰り返し磁石を落としていく)
子ども:なんで違うの?
子ども:食べたものが違うから?
ミルミル:お、素敵な意見がありましたよ。
食べたものが違うとどうして血液の流れに違いができるのかな。
子ども:う~ん。わからない。先生、ヒント。
ミルミル:こちら(水とゼラチン)の血管の中には(大きなビーカー等に中身を開ける。
その時、手にゼラチンをつかんで見せる)こんなぐちゃぐちゃしたものが入っています。
これは、私が食べた豚肉や牛肉に含まれる油、つまり脂肪分です。
さて、ここから先は残り時間と相談です。豚と牛、鶏、魚、人間の体温を提示し、子どもたちの気づきを待ちます。なかなか意見が出ないときは、普段目にしている豚肉や牛肉を思い浮かべて(実物を持ち込んでもいいでしょう)、それらの脂肪分は温度が低いと固まってしまう性質を持っていることを伝えると、「そうか!わかった!」という反応が出てきます。体温を伝えただけで脂肪が固まることに気づくこともあれば、そうでないときもありますので、あくまで子どもたちの頭の中を想像しながら、一方的な指導にならないように進めていきます。
「だからバーベキューの時、野菜食べろって言われるのか」「魚あまり好きじゃないけど、からだには必要なんだね。う~ん、少しは食べてみようかな。」そんな感想がでてきます。10分の指導では、これくらいが限界でしょうか。
ただ、魚の脂肪がいいからと言って「サプリを飲もう」という感想は、そのままにしないことにしています。私たちの指導はあくまでからだを学ぶことが目的で、商品宣伝ではありません。サプリは化学物質であることや、副作用もきちんと書かれていることなどの事実も伝えることにしています。
「第Ⅲ章 5,みんなで遊ぼう! 『からだの中の救急隊』ごっこ」
この指導に書かれている「絆創膏が傷を治すと思っている子ども」は、今でもきっと全国にいるでしょうし、養護教員としては、歯がゆい思いをする一場面でもあります。今は絆創膏も様々な種類があり、湿潤療法などかつてとは全く違った治療方法も用いられるようになりました。でも、からだが傷を治す仕組みは、子どもたちにとってとても身近な現象ですので、ぜひ知っておいて欲しいことの一つです。
本の中の指導は、教室の床に書いた全身の絵の上で、学級のたくさんの子どもたちが動き回るようになっていますが、短時間での指導ではこの方法は難しい点も多いのです。そこで、サイズを縮小することにしました。保健室の長机の上に段ボールを使ってU字型に血管を作ります。その中を走るのは、ミニカーのパトカー(白血球)、救急車(血小板)、ダンプカー(赤血球)です。糸のようなものは、実際に糸を使います。ばい菌はスポーツカーです。
ここで私が配慮しているのは、ばい菌を凶悪な犯人にしないことです。ばい菌、つまり私たちのからだに住んでいたりくっついていたりする細菌は、全てが人間に害をなすものではありません。むしろ人間のからだは様々な細菌と共生しながら、その命を保っている部分だってあるのです。だから「ばい菌=全て悪」というイメージを持たせることは、間違った知識に繋がる可能性があると私は考えています。
ミニカーの操作は、担任と希望する子どもたちに手伝ってもらいます。段ボールの壁は、一部を切っておいて傷口にしておきます。ばい菌とパトカーを、最初に担任と養護教員が担当すると、後は子どもたちで大丈夫です。時間のある限り子どもたちが順番に参加できるようにし、時間がないときは休み時間に開放します。
そして最後に、「今もみんなのからだの中を赤血球や白血球、血小板がパトロールしてくれているんだよ。」と説明すると、子どもたちはちょっと照れくさいような、誇らしいような表情を浮かべてくれるのです。
もちろん、この後傷の手当てに保健室に来た子どもたちに、パトカーや救急車の働きを繰り返し話すことも忘れないでくださいね。